BOOK LIFE

本・読書の話題をお届け

人望とは何か 『人望の研究』に学ぶ

 「人望」があるかどうか――これが仕事や生活に大きな影響をもたらします。職場で人望がなければ、周囲の協力を得られずに業務が思うように運ばない、管理者になっても部下が指示通りに動いてくれず問題を抱えるなど、仕事をする上での障壁が生まれてしまいます。日常生活においても友人や隣人からの人望がなければ、場合によっては自分が属しているコミュニティーからのけ者にされてしまうこともあります。特に日本社会で重視されているのが人望です。

 ですが、人望とはいったい何なのか。それが重要なことは確かに感じますが、人望とは何かを説明しようとすると、うまくいきません。その人望が何であるかを研究した本が、山本七平著『人望の研究』です。下記のような章立てになっています。


 1章 「人望」こそ、人間評価最大の条件
 2章 「人望のある人」とは、どんな人か
 3章 不可欠の条件――「九徳」とは何か
 4章 人間的魅力と「常識」との関係
 5章 儒教の「徳」とキリスト教の「徳」
 6章 「教なければ禽獣に近し」
 7章 機能集団における指揮者の能力とは
 8章 現代人が学ぶべき「人望」の条件

 山本は「人望」によって人を評価するのは、日本社会特有であると指摘します。西洋の民主主義社会では法(ルール)に違反しない限りは、どのような思想や価値観を持つことも自由であり、その思想や価値観によって多様に人を評価していると指摘します。対して日本では人々が同じような価値観を持ち、その価値観の中で人望があるかどうかを評価します。そしてその評価が仕事や生活に大きな影響をもたらします。

日本社会特有の評価の視点

 日本で人望が重視されるようになった背景として、山本は日本が歴史的に平等社会が根本にあった点を挙げています。社会のリーダーを選ぶ際に出身階級や血縁、宗教的権威が絶対的な条件とならない場合、人望がリーダーを選ぶ際の絶対的な条件になるといいます。人望があるかどうか、これは自分の生まれには関係がありません。つまり、誰もがリーダーになれることを意味します。

 人望は生まれながらの資質ではなく、習得するするもの、学ぶものです。そして人望がある人とはすなわち「徳」のある人だと説明します。

 山本の説明の中から、人望を得る上で重要だと指摘する要素の中から、一部を紹介しましょう。山本は朱子学の入門書『近思録』を引き合いに出して、「七情」を抑制することが重要だとします。七情とは「喜」「怒」「哀」「懼」「愛」「悪」「欲」です。

 これらの情を抑制せずに爆発させていては自分自身を滅ぼしてしまう。そのような人を徳がある人として周囲の人がみなすことはありません。これらの情を爆発される人は愚か者です。反対にこれらをうまく抑制する人は聖人となります。つまり徳のある人です。

 「徳」というのも漠然としては具体的にどのようなものなのか分かりにくい言葉です。近思録では行為に現れる九つの徳「九徳」を示しています。これらが徳のある人のふるまい、ひいては人望を得る人のふるまいということになります。

  1. 寛(かん)にして栗(りつ)――寛大だが、しまりがある
  2. 柔(じゅう)にして立(りつ)――柔和だが、事が処理できる
  3. 愿(げん)にして恭(きょう)――まじめだが、ていねいで、つっけんどんでない
  4. 乱(らん)にして敬(けい)――事を治める能力があるが、慎み深い
  5. 擾(じょう)にして毅(き)――おとなしいが、内が強い
  6. 直(ちょく)にして温(おん)――正直・率直だが、温和
  7. 簡(かん)にして廉(れん)――大まかだが、しっかりしている
  8. 剛(ごう)にして塞(そく)――剛健だが、内も充実
  9. 彊(きょう)にして義(ぎ)――剛勇だが、義しい

 この記事の中ではごく一部しか人望の研究の内容をご紹介することができません。より詳細を学びたい人は、ぜひ実際に本を読んでみることをお勧めします。

 この本が出版されたのは1983年です。ですが内容は古びることがありません。40年近く前も2020年の現在も人望がリーダーの資質やコミュニティーの一員として活動する上で重要なことに変わりはありません。能力や結果重視の評価が重要視されていることは確かですが、最終的に人望がない人はいかに優秀であっても組織から見放されてしまいます。

 「勝って甲の緒をしめよ」ではないですが、組織の一員としていい結果を出しているときに、徳のある行動ができているかを確かめる意味でも、「物事がうまく運ばないなぁ」と感じるときに自分のふるまいを反省する意味でも読み直したい本の一冊です。