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お薦めのディストピア小説『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー

ディストピア小説の定番

楽天のレビュー(すばらしい新世界)

 オルダス・ハクスリーの代表作『すばらしい新世界』(Brave New World)」です。SF(Sience Fiction:科学小説)好きの読者であれば、知っている方も少なくないでしょう。ジョージ・オーウェルGeorge Orwell)の有名なディストピア小説ユートピア=理想郷の反対、暗黒の世界を描く小説)『一九八四年』ほど知られているとは言いませんが、ディストピア小説として真っ先に上がるタイトルの一つです。

 1932年に出版されたにもかかわらず、いま読んでもまったく古い感じはしません。「九年戦争」と呼ぶ、従来の世界を破壊した戦争の後、人類の理想を追求するために創設された世界国家が形成する社会が舞台です。世界国家による社会システムは、いわば人類のユートピアを実現することが表立った目的です。

 この社会システムの中の人間は、無機質な器具が並ぶ“人工受精室”の中で生み出されます。1個の受精卵を最大96個に分岐させ、同じ遺伝子を持つ人間を大量に生み出します。これも、いわばユートピアを実現するために人類が成し遂げた技術的な進歩ということになります。

 「親」という言葉は存在しますが、こうして生み出された子供は「親」を具体的なイメージで想像することはできません。子供たちを育てる父親や母親は物理的に存在せず、社会システムがその役割を担います。過去に人類は父親と母親がわが子を育てていたーーこの歴史的事実としてしか本来の意味の親を知ることはできないのです。

 人工受精室の中で生まれた子供たちは、同じ教育システムの中で同じ教育を受け、同じ価値観の中で大人になります。文化や宗教の違いによる価値観や常識の食い違いはこうした中ではほとんど生まれません。憎しみ合うことなく、苦しみを少しでも和らげてみんなが幸福に生きることがこの世界の理想です。

 みんなはみんなのものーー特定の相手と交際することはおかしいことであり、複数の相手を愛し、それを互いに認めることがよしとされます。同じ価値観を醸成し、みんなが安定的な生活を維持することがこの世界の理想なのです。

 しかし、人工的に生み出された人間だからといって、現在の私たちのような人間と生物学的に異なるわけではありません。正しいとされる振る舞いや道徳を教え込まれたとしても、疑念が生じることがあります。ユートピアを実現するためには排除すべきものがありました。一つには社会システムから外れる個人の疑念、常識からの逸脱であり、一つにはユートピアの社会システムに組み込むことのできなかった、いわばあるがままの人間の社会です。そうした分断、2極化した世界の境界に出会うことで、この物語は動きます。

 AI(人工知能)による意思決定が進む今、人間の思考の無駄、間違い、不安定性などは機械的な正しさに取って代わられようとしています。現代の世界はどこへ向かっているのか、人間の社会はどうあるべきなのか、それを考える上でとても面白い気付きを与えてくれます。

すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫) [ オルダス・ハクスリー ]